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Schubert
シューベルト

曲目解説&名盤紹介

ピアノソナタ21番変ロ長調 D.960

曲目解説

 シューベルト31歳のときの作品。シューベルトは、31歳でこの世を去っている。この曲はその年の9月に作曲された。逝去したのは11月。亡くなる2か月前に完成。この曲の美しさは、美しいという表現では全然足りない。どう聴いても、そのときのシューベルトの心境が反映されている。そう、死を目前に控えて体もボロボロであったろう。交響曲第9番ハ長調「グレート」を作曲したときの気迫はもう消えている。いや、気迫は残っている。このような曲を完成させたのだから。だが、勢いは無い。シューベルトは死を意識し、受け入れたのではなかろうか。諦めたのではなく受け入れたのだ。命が日一日と消えていく中で、悟りの境地に到達したのだと思う。だから、この曲からは、未完成交響曲や弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」での絶望感は無い。あるのは、悟りに至った純粋で澄み切った心である。これは、シューベルトでしか分からない心境ではあろうが、曲からは表現のしようがない美しさが聴きとれる。



第1楽章
 20分もの演奏時間である。この楽章で、このピアノソナタの半分近い演奏時間が費やされている。ここに死を受け入れ悟りに至った気持ちをシューベルトが穏やかに聴く者に延々と語っているよう。涙が出てくる。

第2楽章
 緩徐楽章。ここでもシューベルトの心の吐露を聴くことになる。それは、哀しさを乗り越え先へ進まなくてはならないということ。悔しさだとか辛さだとか、そのような感情を完全に抑え込んで、ここでも穏やかに悟りの心を語る。聴いていて辛いが、純粋であり、晴れ晴れしさすら感じる音楽である。音楽の域を超えている。

第3楽章
 スケルツォとあるがスケルツォではない。この曲をスケルツォとしてしまうシューベルトに、なぜだ?と詰め寄りたくなる。スケルツォとは元は冗談という意味。そのような曲ではない。ほのかに明るく、先を急ぐかのような楽想である。さらっと「達者でな。」とでも言われているかのような気持ちになる。

第4楽章
 別れを告げた後、他者を無視し自分の世界に入って、好き放題ピアノを演奏している様が目に浮かぶ。曲の終結部では、速度を上げ、「お終い」と語っているよう。シューベルトは悟ったのだろうが、私としては、なぜシューベルトがその若さで死ななければならなかったのだ?という問いを繰り返すしかない。この青年から溢れ出るこれらの純粋で透き通ったメロディーは、未来永劫人の心に響き渡り続けるに違いない。絶対。シューベルトのメロディーは不滅である。辛すぎる。

名盤紹介

・ツァハリアス お薦め度:A+
ピリス お薦め度:S+

ピリス

ピリス
 
ピアノ:マリア・ジョアオ・ピリス
レコーディング:2011年7月
場所:ハンブルク

 ピリスというピアニスト、すこぶる個性的である。この人が弾くと大抵の曲は幻想的な雰囲気が加味され深みが増す。このシューベルトの遺作と言ってもいいピアノソナタ。ピリスの演奏の他は聴けない。シューベルトが乗り移って語っているようである。気を抜ける箇所などどこにもない。第1楽章は、シューベルトらしく柔らかく優しく語りかけてくる。死を受け入れ悟りに至った心境を。第2楽章では、シューベルトの止めようにも止められない死への歩みを、穏やかに表現しているかのよう。第3楽章では、まさにシューベルトの爽やかな別れの挨拶を聴いているよう。第4楽章は、ただひたすらシューベルトの心の歌を聴かせてくれる。終結部では、シューベルトの「これでお終い」という一言が聞こえてくるよう。
 この演奏を聴くと、シューベルトへの惜別の思いが湧き上がってくる。このような心境になる演奏はまずない。恐るべき表現力である。シューベルトのピアノソナタ第21番はこの演奏をおいて他にないと思う。

お薦め度:S+
(May/6/2020)
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